クリスマスプレゼント研究所

バイエルン地方には「バイナハト・シュトリーツェル」クリスマスの
シュトリーツェルと呼ばれる細長いパンがありました。
パンの形は、おくるみに包まれた赤ん坊、すなわち幼児キリストを
意味しており、クリスマスのごちそうを並べたテーブルの下にワラを
敷き、その上にこのパンを置きました。
食事がすむと、生まれたばかりの幼児キリストがワラの上で寝ていた
ことをしのんで、この晩は一家でこのワラの上で寝ました。
ドレスデンのシュトリーツェルはこれを模して作られ、形はゆりかご
を意味しているといわれます。
ドレスデンのクリスマス市がシュトリーツェルマルクトと呼ばれて
いるのは、シュトレンが古くはシュトリーツェルと呼ばれていた
名残であります。
15世紀にはドレスデンのシュトリーツェルマルクトで既にシュトリーツェルが売られていました。
そのシュトリーツェルがなぜシュトレンと呼ばれるようになり、また
シュトレンとはそもそもどういう意味なのかは不明であります。
ドイツ語のシュトレンには「坑道、支柱」という意味があり、形が
坑道や支柱に似ていることからシュトレンと呼ばれるようになった
とする説があります。
シュトレンのサイズはさまざまありますが、オーソドックスなもの
は長さが約40センチと大きいのです。
呼び名は今では、ドレスデナー・シュトレン(ドレスデンのシュトレン)と並んでクリスト・シュトレン(キリストのシュトレン)が
一般的です。
これは、このお菓子がおくるみにくるまれた赤ん坊に似ていること
から付けられた名前です。
レープクーヘンは自分の家でも焼くことができるが、シュトレンを
自分の家で焼くのはかなり難しいそうで、以前は各家庭で粉を練って
形づくったものをパン屋に持って行って、焼いてもらった家庭もあった
そうです。
参考サイト⇒クリスマスプレゼント提案所

シュトレンはレーズンやレモンビールなどのドライフルーツや
アーモンドなどのナッツ類をふんだんに入れた楕円形のクリスマス
菓子で、バターをたっぷり使い、上に粉砂糖もかけてどっしりと重い
です。
幅は1センチほどに切って食べます。
また、コーヒーにもよく合います。
最近は、日本でもクリスマスシーズンにはだいぶ出回るようになり、
アメリカのテレビドラマでも、クリスマスシーズンにシュトレンを
食べているシーンが出たりするから、アメリカでもクリスマス菓子と
してポピュラーなのであろうかと思います。
日本では「エルザス・シュトレン」などと、エルザス地方のお菓子
であるかのような説明を付けている店もあります。
おそらく、パティシエがエルザス地方で修業し、そこでシュトレンと
出会ったためだろうが、いただけないのです。
シュトレンはもともと、ザクセン地方のライプチヒやドレスデンあたり
のお菓子で、それ以北、それ以東では戦前からクリスマス菓子の
定番となっていましたが、ドイツの南部や西部ではまだ一般的では
ありませんでした。
戦後、ドイツが東西に分断された後、東ドイツの人々が西ドイツの
親類や友人などにクリスマスプレゼントとしてシュトレンを送るよう
になり、西側でも知られるようになりました。
シュトレンという名前は、ライプチヒの南西約40キロにある町の
ナウムブルクで初めて文献に登場しますが、古くはシュトリーツェル
と呼ばれていました。

すでにあるグリム童話の日本語訳では、屋根の「クーヘン」は「お菓子」「ケーキ」「クッキー」などと訳されています。
ドイツ語のクーヘンは、日本のイメージでいえばバウンドケーキや
バウムクーヘンのように、ショートケーキと比べればやや固めで
日持ちするものを言います。
ちなみに、日本のショートケーキに当たるものは、ドイツ語ではトルテ
と呼ばれます。
ファンクーヘンはフライパンで焼いた甘くないパンケーキのようなもの
と思っていただければよいです。
ヘンデルとグレーテルはもともとは夏の話で、クリスマスと関係が
あるものといえばレープクーヘンだけなのだが、これが格好の子供
向きのオペラであったため、クリスマスシーズンに好んで上演される
ようになりました。
こうして、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家はクリスマスにショー
ウィンドーを飾るようになりました。
私がミュンヘンのオペラ座でヘンゼルとグレーテルを見たのは12月
だったのです。
オペラ座は家族とともに、あるいは学校の先生に引率されて来た子供
たちでいっぱいでした。
クラス単位で見に来ていた子供たちもそれなりのおしゃれをしていて、
なるほど、こちらの子供たちはこうして観劇のマナーを学んでいくの
かと感心させられました。
その後は見ていませんが、大都市の主要劇場のみならず、地方都市の
劇場でも12月のプログラムにはクルミ割り人形と並んでヘンゼルと
グレーテルがよく登場します。

クリスマスシーズンにドイツの街を歩いて楽しいのは、お菓子屋をはじ
め商店のショーウィンドーにお菓子の家が飾られることです。
それぞれ細部が微妙に違い、見ているだけでも楽しいです。
お菓子屋に展示されているものは販売用も兼ねています。
以前は、大きなお菓子屋なら、大・中・小のお菓子の家を作って展示
販売していました。
価格は日本円で1個5千円から数千円です。
ニュルンベルクなどあちこちの街に、いつも立派なお菓子の家を作る
お菓子屋があり、この街に来たらあの店のお菓子の家を見なくては、
といつも楽しみにしていた店が何軒かありました。
ところが最近は、小さな家しか置いていません。
それも、かつては屋根と壁のあるちゃんとした家の形をしていたの
ですが、屋根だけの、つまりテントのような形のものに簡略化されて
しまいました。
不況で大きなものが売れなくなり、かつ、手間を省いて簡単な形
にしたのだろうが、なんとも寂しいです。
さて、このヘンゼルとグレーテルのお菓子の家がいつ頃から作られる
ようになったのかは不明です。
ニュルンベルクの有名なレープクーヘンのメーカーにも問い合わせま
したが、わかりませんでした。
グリム兄弟が「ヘンゼルとグレーテル」の話をまとめた後に、
その後の改定版では、家は「パン」、屋根は「クーヘン=ケーキ」
もしくは「ファンクーヘン=パンケーキ」、窓は「砂糖」でできて
います。
とお菓子の家が描写されています。
「パン」は丸い大きなパンで、「砂糖」は氷砂糖と思われますが、
ここではパンと砂糖についての考察は省いて、屋根が何でできている
かを見てみたいです。

レープクーヘンには、チョコレートコーディングしたものやアイシング
したものや、上にスライスアーモンドをのせたものなどいくつかの
種類がありますが、アーモンドやヘーゼルナッツなどの混入割合で
エリーゼン・レープクーヘン、ファイネ・ニュルンベルガー・
オブラーテン・レープクーヘンなど呼称が決まっています。
レープクーヘンの中でも極上品はエリーゼン・レープクーヘンで、
アーモンド、ヘーゼルナッツ、クルミが全体量の25%以上、小麦粉は
全体の10%以下と厳密に決まっていて、基準を満たしたもののみにこの
名称が許されます。
ニュルンベルクの専門店やクリスマス市でレープクーヘンを買う時
には、ぜひエリーゼン・レープクーヘンを試してみるのがいいだろう。
でも、いずれにしてもかなり甘くて、一人で一個食べるのはかなり
きついので、1個を4等分ぐらいにして食べるのが普通です。
コーヒーにもよく合います。
遊園地やビール祭り、またクリスマス市でもレープクーヘンで作った
ハートやベルの形をしたものを売っています。
これは、日本の綿あめやアンズのあめのようなもので、祭りには
欠かせないのです。
しかし、レープクーヘンを名乗っていても、そのまま食べても決して
おいしくない。
レープクーヘンと似て非なる物と思っていた方がよいのです。
かつては祭りの余韻を楽しんだあとはスープにとろみをつけるために
入れるつなぎとして使われていましたが、暮らしが豊かになった今は
スープに使う人もほとんどいません。

ドイツ帝国の養蜂場とも呼ばれた森からは、極上の蜂蜜がニュルンベルクに流れこみました。
今でもニュルンベルクのクリスマス市には、何種類もの蜂蜜をそろえた
蜂蜜屋が出ます。
かつてはレープクーヘンは専門店が製造販売していました。
戦前までは専門メーカーがいくつかあり、形やサイズもいろいろあり
ましたが、第二次世界大戦で工場が破壊されたところもあり、今では
主なメーカーは数社に集約され、サイズも直径約8センチほどの丸型
や手のひらほどの角形にほぼ統一されています。
他にいくつか、ジャム入りの丸型やサイコロ型などの量産品を作る
メーカーもありますが、味はまずまずといったところです。
一方ニュルンベルクには、アドベント期間にほんの少量のレープ
クーヘンを作り、昔からのお得意さんにのみ販売する、つまり一見さん
には売らないという小さなお店もあります。
一度知人からその店のレープクーヘンをもらったことがありますが、
その豊潤な味わいは私が今まで食べたレープクーヘンの中でも最高
の味でしたよ。
レープクーヘンはクリスマスが近づくと販売されます。
そのため同じ店舗を、夏の間は、特にイタリアからドイツに出店して
いるアイスクリーム屋が使い、冬になるとレープクーヘン屋に変わる
という店舗の使い分けがどこの街でもよく行われています。
ニュルンベルクのクリスマス市で開かれる聖母教会前広場の入り口
にあるある店では、一年中レープクーヘンを売っていますが、これは
例外なのですね。

レープクーヘンは蜂蜜と香辛料をふんだんに使った菓子ですが、
かつてはコショウを使用していたことからペッファークーヘンとも
いいます。
ベネチアの商人が「天国の種」と呼んだコショウは香辛料のなかでも
最も高価で、コショウを保存しているということは、富裕であること
の証でもありました。
そのためクリスマスという特別な日の菓子に使うにふさわしいと
考えられていました。
その後コショウは、カルダモンやシナモンなどの香辛料の総称として
シンボリックに使われるようになりました。
また、蜂蜜は神々の食べ物とされ、不滅・再生・豊饒を表します。
また、キリスト教徒にとっては、キリストのやさしさと哀れみの
象徴でもあります。
このレープクーヘンは昔はその香辛料のゆえに「生命のパン」とも
呼ばれ、薬として扱われ、病気のときに細かく砕いてお湯に溶かして
飲みました。
実際に、コショウの主成分ピペリンには、鎮静・鎮痛・解毒作用が
あります。
レープクーヘンはクリスマス市で有名なニュルンベルクの代名詞の
ような菓子です。
ニュルンベルクは古くから大陸の商交路の要でありました。
特に、重要な取引品は香辛料で、ベネチアやジェノバから届くシナモン
、クローブ、コリアンダー、ナツメグなどの高価な香辛料をふんだん
に使用したレープクーヘンは、商業都市ニュルンベルクだからこそ
作ることができたのです。
また、もう一つ重要な材料の蜂蜜は近隣の森で取れました。

七面鳥にはすりつぶした栗を入れることもあります。
ドイツやチェコなどでは、鯉もクリスマスのごちそうとして好まれ
ます。
ガチョウがクリスマスのごちそうとして定着するまでは、一般家庭
では鯉がクリスマスのごちそうでした。
昔は魚は肉よりも高価であったことと、魚を食べると運が良くなる
との言い伝えによるものです。
鯉が手に入らない時は、ニシンの酢漬けを食べました。
ウサギを食する地域もあり、他に豆のスープなど独特のクリスマス
料理が残っている地方もあります。
いずれにせよ、普段は口にできないごちそう、あるいは特定の意味付け
をした料理が供されるのがクリスマスなのであります。
なお、クリスマスディナーは、12月24日の晩に食べる家庭と、25日の
昼に食べる家庭とがあります。
ドイツのクリスマス菓子と言えば、レープクーヘンとシュトレンです。
シュペクラチウスという香辛料の効いた薄い型押しクッキーも最近
普及してきましたが、、これはもともとはオランダの菓子であります。
それにプレッツヒェン小さなクッキーという様々なクッキーが加わり
ました。
クリスマスシーズンには、レープクーヘンやシュトレン、クッキーを
お茶の時間によく食べます。
ここではまず、クリスマスツリーにも飾られたレープクーヘンから
話を始めていきます。
レープクーヘンに関する名前が初めて文献に登場するのは13世紀です。
レープクーヘンの語源はラテン語の「リブム」と言われ、パンケーキ
丸く薄いケーキの意味です。

ミュンヘンの宮廷では20世紀初頭まで狩りでしとめた猪を使っていま
した。
今でも北欧ではクリスマスのごちそうは豚肉であります。
この豚の頭は英語ではボアーズヘッドと呼ばれ、イギリスでは
「豚の頭のキャロル」を歌いながら供されるようになり、この習慣は
イギリスで19世紀末まで続きました。
1588年にイギリスのエリザベス1世が12月24日にちょうどガチョウを
食べているところに、イギリス海軍がスペイン無敵艦隊を破ったとの
報が入りました。
この戦いはカトリック(スペイン)とプロテスタント(イギリス)の
戦いでもあり、知らせに大喜びした女王は、以後、この勝利を記念
して12月24日にガチョウを食べることにしたそうです。
この話がヨーロッパ大陸に伝わり、やがて聖マルティン祭のガチョウ
がクリスマスに移行して、クリスマスにガチョウを食べるようになり
ました。
アメリカに移住したヨーロッパ人は、アメリカにはガチョウがいなかった
ため、東部や中部に広く分布していた野生の七面鳥をガチョウの
代わりにクリスマスに食べました。
さらに七面鳥の代用として鶏が使われることもありました。
しかし、ガチョウの代用品だった七面鳥も最近はヨーロッパでも飼育数
が増え、ドイツでも七面鳥がかなり出回るようになってきました。
クリスマスのガチョウにはリンゴと干しブドウを詰める。
丸々と太ったガチョウは大地の神々の恵みを表し、熟したリンゴは
実り多き一年を、甘みのある干しブドウは神々の慈悲を表しています。